藍色の瞳
はじめは薄暗い藍色をした空だった。誰かが呟く、「雨が降るかも・・・」と。
「うひゃー、とうとう降ってきやがった!」
「とにかく今はあの木の穴に!」
降りしきる雨を身に受けながら二人はちょうど見つけた木の根元へと足早に急いだ。
年のころはちょうど同じくらい、二人ともその様子から戦い慣れた顔をしている。一人は赤いマントを身にまとった魔道士風、
もう一人はスカーフを頭に巻き身軽な服装をした盗賊風であった。
どうやらこの山の中に迷い込んだ旅人らしい。
少年たち・・・いや、少年と<少女>はひどく疲れているようであちらこちらに擦り傷ができていた。今まで何かを探していたようだ。
<少女>と言うには大人びた彼女は、さらにその藍色を増した雨雲を見上げながらなにやら不安げな顔をした。
「大丈夫かなぁ、レナ達・・・」
雨に濡れて重くなったその紫色の髪をかきあげながら、ファリスは離れ離れになった仲間の身を案じた。
いつもは精悍なその顔もどことなくこの雨雲のように暗い。
「平気、平気。あの二人なら何とかなるって。それにもし会えなくても当分は大丈夫だろうな」
同じく離れ離れになったバッツだが、こちらは不安というよりどういうわけか余裕である。
ファリスはそんなバッツの態度が気に入らないのか、少々噛み付いた言葉で返事をした。
「なんでそんなことが言えるんだ」
「ん?だって今のあいつらのジョブを考えてみろよ。ガラフは【狩人】だから食物<えもの>には困らないだろうし、
レナは【魔物使い】だから大抵のモンスターはかえって怯えて逃げるよ」
「そりゃぁ、そう・・・だけど」
なおも不安げな表情を崩さないファリスにバッツは笑いながら言う。
「ま、いざとなったらレナがなんとかするだろしな」
ぐわー、と両手を熊のように持ち上げてレナの真似をしてみせるバッツ。(いったいいつの時のレナなんだ。)
最後の部分の言葉だけを想像してみる、おそらくそのときはすごいことになるだろう。
「ぷっ」
思わずファリスから笑いがこぼれる。
それを見てバッツは待っていました、と言わんばかりの顔をした。
「やっと、笑ったな」
「え?」
その言葉にファリスはバッツの顔を見る。相変わらずその顔はおどけていたが、ただ色のその瞳には自分が映りこんでいた。
(ただオレだけが・・・)
そう思った瞬間、不意に身体の奥が熱くなった気がした。
ぽつん・・・ぽつん・・・
木々の合い間をぬって落ちてきた滴がファリスの体を濡らす。
それに気が付いたバッツは自分のマントを広げて言った。
「そのままじゃ寒いだろ、こっち来いよ」
「なっ」
ただの何気ない提案だったのにもかかわらずファリスはひどく慌てた。二人きりになったことで変にバッツのことを意識してしまっている。
「い、いいよ!オレけっこう濡れてるし、それにおまえが風邪引くと困るだろ!」
「なんで?」
「な、なんでって・・・」
そんなファリスの慌てぶりに何か思いついたのか、はたまたいつもの癖なのか、バッツはニヤニヤしながら「おいで、おいで」と手招きをした。
「それに濡れてんだったら俺も一緒。二人とも風邪を引いたら大変だろ?」
「うぅ」
バッツの正論にまったく反論できない。
ファリスは観念したのかその指示に従ってバッツの右脇に座り込んだ。
座ったことを確認するとバッツはできるだけファリスが濡れないよう、マントを包み込むように被せ自分は彼女の右肩を抱いた。
「バ、バッツ?」
「こうすれば暖かいし濡れないだろ?なんだったら帽子も被るか?」
とぼけた表情で言ってみせるバッツ。
ファリスは顔を赤くし膝を抱えたたままうつむいてしまう。こうなってしまったらバッツに口で何を言おうが勝てないことのほうが多い。
「赤魔道士でよかった・・・つーか、マント万歳」
ぽつりと呟く。
「・・・?なんか言ったか?」
「あ、いやいや」
密かにつくっていた左手のガッツポーズふりほどく。何をやってんだか・・・
時がたつにつれてしだいに雨音は増していく。
それにあわせて二人の間には一時の静寂ができていた。
(しかしなんだな)
突然おとずれた静寂によって暇をもてあましたバッツだったが、おかげで改めて《あること》について考える余裕ができた。
(改めて見るとこいつ案外細っこいんだな)
隣りで同じように物思いにふけっているのかうつむいたままのファリスを彼はそっと眺めた。
雨に濡れたせいでより身体のラインがでているのか、その体つきは明らかに女性そのものであった。
いつもの戦闘でのたくましさとはまったく違った、華奢で儚げな印象が今のファリスにはある。それは時折自分が感じていた不安にも似た感情・・・
(きっと脆いんだろうな・・・)
不意にそんな言葉が浮かんだ。
ボクノナカノキミハトテモチイサクテ
(あーあ、最初はうまくいくと思ってたのになぁ・・・変わらない、て思ってたのに)
バッツは初めてファリスが《女》であることがわかったときのことを思い出していた。
そのときはかなり衝撃的だった。仲間にとって、そして自分にとって。
(まあ、たしかに驚いたりはしたけどそれはそれ、ファリスはファリス。そう思ったからこそ、俺としては今までどおり一人の仲間として接していけると思ったんだけどなぁ)
バッツの言うとおり、ファリスが《女》とわかった今でも彼の態度はいつものそれと変わらない。くだらないことでケンカしたり、バッツが一方的にからかってみたり、
一緒に酒を飲み交わしてみたり。何も変わったところがない、そう思っていたけれど・・・
(変わったな、俺)
自分の中で唯一変わったこと。それはいまやファリスのことを一人の《仲間》としてだけではなく、一人の《女性》として意識していること。
たった一人の”大切な女性(ひと)”として。
ソノママドコカヘツレサッテシマイタイ
その想いがなにをさしているのかはすぐにわかった。
(てか俺、ファリスが《女》ってわかったときホッとしたんだよなぁ。だってそのまえから少なからず気になってたし。・・・・・・ん?てことはなにか、俺は心底ファリスに惚れてるってことか?
あははは、こりゃ参ったなぁ。今からこんなんじゃそのうち尻に敷かれるかもな)
思わずクスクスと笑いがこぼれる。
ファリスを見つめるその瞳はとても静かでそしていとおしげに。
(こいつは・・・俺のことどう思ってるんだろうな)
ダレノテモトドカヌ、セカイノハテマデ・・・
・・・ッ、・・・ッツ、・・・・・・バッツ?
「あ、・・・あ?」
不意に声をかけられ我にかえる。
「どうかしたのかよ、何度も呼んだのに。それに人の顔なんか見て笑いやがって。気色悪いぞ」
どうやらファリスには自分が楽しそうに見えたらしい。やや怪訝な顔をしている。
(んー、俺としては真剣に考えてたんだが・・・・・・この顔が恨めしい)
少々自分の顔をつねってみる、今更こんなことをしても意味はないが。
「・・・なにしてんだ?」
「いや、ちょっと」
「ふーん・・・あ、それよりさっきなに笑ってたんだ?」
「なんだ、気になるのか?」
いつものからかい口調のバッツにファリスは慌てて否定した。
「なっ、ちが、違う!ただなんか様子がおかしかったから・・・」
(普通そういうのを[気にかけてる]というものだと思うけど?)
そしてまたバッツはクスクスと笑った。
「ほらまた!いったい何なんだよ!」
なおもくいさがるファリスにこのときバッツは悪戯<いいこと>を思いついたか、お得意の悪ガキ笑顔<スマイル>でファリスに言った。
「しょうがないなぁ、おしえてやるか」
ちょい、ちょいと手招きをする。
「なんだよ、その手は」
「おしえてやるから耳貸せって」
そしてまたちょい、ちょいと手招きをする。
ファリスは思いっきり訝しげな顔をしてはいたが、やがてバッツに耳を寄せてきた。
それを見てバッツは心の中で苦笑した。
(たくっ、相変わらず素直じゃないなぁ。・・・でもそこがまた可愛いんだけど♪)
「で、なんだよ」
お互いこんなに近づいたことがなかったためにファリスの顔は心なしか少し赤く見えた。
バッツのほうはうれしそうである。
「それがな・・・」
ファリスの耳に手をあて何やら囁くバッツ。
「・・・・・・、・・・・・・・・・・・」
「なっ」
それを聞いたファリスは思わずバッツの身体をすごい速さで引き離した。すでに顔が真っ赤で、蒸気すらでそうないきおいである。
「あははは!驚いてる、驚いてる。単純だなぁ、ファリスは」
バッツは大声で笑った、ご丁寧に涙目になってまで。
そうなるとからかわれたファリスのほうはたまったものではない。ムスッとした表情でバッツを睨みつけている。
「あー、わるいわるい。そんなに怒んなよ」
「知るか!お前なんかもういい、この山で野たれ死ね!」
一通りわーわーわめき散らすと、とうとう怒りがおさまりきれなくなったのかファリスは急に立ち上がろうる。
「わ、わわ、ちょっと待った!ほんとわるかったってばー!!」
バッツは今にも飛び出していきそうなファリスに手を焼き二人はもみくちゃになる。
・・・・・・・・・・・・−い。
「ん?」
そんな暴れるファリスを必死でおさえようとするバッツの耳に微かに何かが聞こえてきた。
・・・・・・・・・・・・・おーい!
「この声は!」
バッツは両手でつかんでいたファリスの身体を離すと目の前の木々の間をじっくりと眺めた。
突然放り出されたファリスは地面に打ちつけたのか腰をさすりながら聞いてきた。
「あいたたぁ・・・今度はなんなんだよ」
「しぃー!静かに」
・・・・・・おーい、バッツー!姉さーん!聞こえたら返事してー!!
「この声、レナの声だ!」
「だろ?どうやら向こうも探してたみたいだな。それに雨も止んできたみたいだし・・・」
バッツは空を見上げた。あんなに暗かった雨雲が今ではすっかり姿を隠し、雲の切れ間からは太陽がのぞかせていた。
さすがのファリスもこの状況ではもう怒りはどこ行く風で、完全に吹き飛んでしまったようだった。
遠目にレナたちを見つけると無邪気にも手を振りながらそちらに駆け寄っていった。
その後姿を目で追いながらバッツは楽しいようなそれでいて切なそうな表情でため息をついた。
(だから単純なんだよ。少しは落ち着けっての・・・)
何をしゃべっているのかはわからなかったがおそらくお互いの無事を喜びあっているのだろう、三人とも笑顔がこぼれている。
遠まきにその笑顔を見つめながらバッツはさきほどファリスに本当に伝えたかったことを考えていた。
(あのときもし俺が茶化さないで本当のこと言っていたら、ファリス<おまえ>はどうしただろう?ちゃんと俺に答えてくれただろうか?)
ボクハイウ、キミダケヲズットミツメテイル・・・・・・ト。
fin
〜あとがき〜
しいていうなら一言。わけわからん(爆)
え〜、なぜならバツファリ狂い(笑)になってからただ思いつくままに書いたものなので読みづらいでしょうが広い心で許してやってください。
ところで、文中のバッツがファリスに囁いた言葉ですが、このへんは読者の皆様が勝手に想像してくださって結構でーす(無責任な)一応ぐりり的には「あんま気ぬいてると俺が喰っちまうぞ(はーと)」です!(爆死)こんなぐりりのバツファリですがこれからもどうぞよろしく〜!!
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