仁義なき戦い?
これは、殺気だ。
人気のない酒場で一人佇んでいたバッツは、ゆっくりと目を開けた。
殺気とは、誰かを殺そうとする気のことだ。その殺気が、自分へ突き刺さってくる。
愛と憎しみが渦巻くサスペンスなドラマが、今宵も幕を開ける――。
(ワケ分からん)
かぶりを振って、立ち上がった。
足音を立てずに、カウンターの方へと移動する。別に、殺し屋ではないが、このくらいはお手の物だった。
キッチンにあった、黒い大きな物体に手をかける。硬く、ひんやりとした感触が指を伝わり、ほんの少しだけ身震いを呼んだ。
目を閉じて、気配を探る。
(相手は……俺を舐めてかかってるのか?)
気配の消し方は、まるで素人だった――いや、素人は言いすぎだ。しかし、この手のことに関してはプロであるバッツにとって、その”気”を感じるのは、たやすいことだった。愛と憎しみが渦巻く――愛はともかくとして、相手の憎しみがこもった殺気
を、精神を集中させなくても感じ取ることができるのが、その証拠だ。
とりあえず、相手の気配を意識しながら、バッツはその時を待った。
そして――数瞬後。
「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
かん高い叫び声――奇声とも言う――と共に、酒場の玄関から人影が突進してきた。あの殺気の持ち主だ。その”気”はいっそう激しくなり、扉から入り込む風と共に、バッツの肌を撫でていく。
「とぅりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
バッツは、手をかけていた物体を持ち上げ、自分の身体の前へと移動させる。
刹那――鈍い音と衝撃が、バッツの身体を貫いた。
しばしの沈黙。そして――、
「いっっっっっったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!」
人影は、思わずその場に座り込んでいた。ピンク色の髪、整った顔立ち、オレンジ色の旅装――バッツの旅の仲間、タイクイーンの王女、レナだった。まぁ――分かってはいたが。
「ふぅ……」
額を流れる汗をぬぐい、バッツは黒い物体を横へ退けた。と同時に、それに目をやる。暗がりの中だったが、それがどんな末路をたどったのかははっきりと分かった。
レナはうずくまったまま、顔だけをバッツに向け、半分涙声で叫んだ。
「ちょっと!あんた、それ何よ!中華鍋じゃない!しかもそんな大きなの、どっから持ってきたのよ!」
「ここのキッチンにあったんだよ!それより、どーしてくれるんだ!思いっきりへこんでんじゃねぇか!絶対、弁償しろって言われるぞ!お前、ちゃんと金払えよ!」
「そんなの、盾代わりに使う方が悪いんじゃない!」
「フツーはこんなにへこまねぇんだ!」
「何よ!あたしが、怪力女だとでも言うの!?」
「きっぱりそー言ってる!」
「うるさいわね!大体ねぇ、清純な乙女との戦いで、そんなごつい物使うんじゃないわよ!見てみなさいよ!この指の付け根のとこ!ちょっとだけ赤くなってる――」
レナはいつの間にか立ち上がり、自分の手をバッツに見せつけた。確かに、少し赤くなっている――とは、暗がりの中で分からないはずなのに、バッツにははっきりとそれが見えた。
つまり、周りが一瞬にして、明るくなったのだ。
二人の動きが止まった。
そろそろと、同じ方向――酒場から宿屋へと続く扉の方へ、視線を向ける。
「……………」
「お前ら……何やってんだよ。こんな夜中に」
それはファリスだった。緑色のパジャマが何とも愛くるしい。つかつかと二人の方へ歩いてくる。しばらく眠たそうな顔をしていたが、バッツの持つ中華鍋を見ていきなり目が覚めたように、大きな声を出した。バッツとファリスの口喧嘩よりも大きな声を。
「おい、これ何やってんだよ!へこんでるじゃねぇか!どっちがやったんだ!」
その声の大きさに二人は一瞬ひるんだが、バッツはすぐに返した。
「レナ」
「違うわよ、バッツでしょ!」
レナがすかさず応戦する。
「どっちでもいいですよ、そんなの……」
「って、聞いたのファリスじゃねぇか!」
「いや、オレじゃない」
バッツの素早い突っ込みに首を振るファリス。
それを見て、ふいに3人の間に沈黙が流れた。重たい沈黙。悪寒が走る。できれば、真実を知りたくない……知りたくないが、どうしても目がすいよせられてしまう……4人目の人影の方へ。
3人は、そろそろとファリスの後方を見た。
やはり……予想通りだが、現実にいてほしくなかった人物がそこにいる。
このへこんだ中華鍋の持ち主、バッツ達をここに泊めてくれた優しい人、この宿で何かあってはいけないと常に気を張っている人物―――平たく言えば、宿屋の主人だ。
「こんな夜中に、中華鍋へこませて、他のお客さんを起こしてしまうような大きな声で言い争いをするのが、あなたたちの趣味ですか?」
「はっはっ。親父さん、面白い冗談だな!」
とりあえず、笑えない主人の冗談に、明るく返すバッツ。
「…………」
またもや流れる、重たい沈黙。今度は少し寒い。
「他のお客ったって、わたしたち以外誰もいないじゃな?い☆」
今度は、レナが笑顔で応対してみる。ちなみに、クルルはたぶん寝ている。彼女は、ちょっとやそっとではおきない。天変地異がおきたとしても、エクスデスが襲ってきたとしても、まず起きないだろう。しかも寝起きは最悪ときた。
話を元に戻そう。
「…………」
三度目の沈黙。寒さに恐ろしさが加わった。
「で、でもさ、俺は全然、全く、関係ないからな!」
最後はファリス。一見すると責任転嫁のように聞こえるこの台詞は、やはりそう聞こえてしまったらしく。
「…………」
責めるような視線が3つ―――主人と、レナと、バッツだった。
そうして、改めて沈黙。エクスデスと対峙した―――とまではいかない―――いや、いくかもしれない―――とにかく、恐ろしい不気味な沈黙が流れに流れ―――。
『ごめんなさい』
3人は、とうとう素直に謝った。
宿の主人はむすっとしたままだったが、ふいに天使のような―――想像すると怖いものがあるが―――笑顔を作った。
そうして、悪魔のような言葉を言い放ったのだ。
「鍋の弁償代、慰謝料、騒音罪に対する罰金、しめて、十万二千五百六十三ギルになります」
「バッツ、レナ……お前ら、どうして毎晩のように戦ってるんだよ」
ファリスは呆れたようにため息をつきながら質問をした。
今までタイミングを逃していて、なおかつ少し怖いのもあったので、結局は聞かずじまいだったのだ。
ファリスだけではなかったが、みんな多かれ少なかれ不機嫌だった。
当然である。手持ちの金だけでは足りず、バッツは近所のモンスター退治、レナは酒場でウェイトレス、クルルは村にあったチョコボ舎で世話係、ファリスは新聞配達をそれぞれさせられた。更にそれらのアルバイトのほかに、宿の掃除、皿洗い諸々もあったのだ。ほぼ1日中働いていたと言っても良い。それも1週間。
「いー加減にしろよ!オレは朝に弱いんだ!もう寝不足で寝不足で、いつ倒れてもおかしくないぞ!」
「あたしはチョコボ臭くなっちゃったよぉ……」
「わたしだってねぇ、好きでやってたわけじゃないわよ!毎晩毎晩……酒の匂いだけで二日酔いよ!」
「俺だって大変だったんだぞ!いきなりティラノサウルスとか出てきて、死にそうだったんだ!」
それぞれ愚痴をぶちまけたところで、話は唐突に元に戻された。
実を言えば、こういったことは日常茶飯事だったので、慣れてしまっていた。慣れとは恐ろしい。
「それで?どうして戦ってるんだ?」
さっきよりも幾分冷たい声になったファリスは、にらみつけるようにバッツとレナを見た。
「そんなの、決まってるでしょ」
レナは、少し――ほんの少しだけ涙でうるんだ瞳で、上目遣いにファリスを見た。可愛らしい仕草ではあるが、これが表面的なのは誰もが知っている。
「バッツが、わたしの大切なものを奪ったからよ!」
「は?」
意外な答えが返ってきた――そもそもファリスは、意味なんてないと思っていたからだ。
「奪ったんじゃない。あれは俺のものだ!」
「何ですって?!?よくもまぁ、そんなことがいえるわね!」
先程の可愛らしさとはうって変わって、ドスの効いた声で応戦するレナ。
二人の不毛な言い争いは、いつまでも続きそうである。
「……なぁ、クルル」
「ん?」
クルルはどこから持ってきたのか、ペロペロキャンディーを舐めながら、呑気な声を出した。二人の大きな声で自分の声が聞こえなかったので、多少歩調を緩める。だいぶ二人が遠ざかってから、ファリスは改めて口を開いた。
「お前……知ってるか?あの二人が争う理由」
途端にクルルは、呆れた表情になった。
「はぁ?ファリス、知らないの?」
「知ってるのか!?じゃぁ、教えてくれよ」
ファリスが詰め寄ると、クルルはこっそりと耳打ちをした。
「……は?冗談だろ?」
「ホントだよ。あたし、本人から聞いたもん」
「……聞いた?」
「うん。お酒で酔っ払ってたけど」
ファリスはもう何も言わなかった。口に手を当て、かがめていた身をゆっくりと起こす。
「良かったね」
クルルはそれだけ言って、前の方に歩いて行ってしまった。
ファリスは凍り付いている。視線を宙に向け、口は半開き。まるで人形のよう。
(そーゆー反応か……無理もないけど)
予想の範疇であった彼女の行動を冷静に受け止めたクルルは、待ちかねたように振り向いた。
「ファリス、早く行かないと、置いてかれちゃうよ」
「あ、あぁ………」
とは言ったものの、ファリスはまだ体が動きそうにない。先程までの疲れと絶望と怒りが入り混じった雰囲気はもうなかった。
クルルはため息をついて、しばらく待っていてやることにした。
空を仰げば、限りなく青い。白い雲、遠くには地平線。世界はこんなにも広いのだ。
(あ〜あ。言っちゃって良かったのかなぁ)
おそらくファリスの目には、この世界は映っていないだろう。夢の中をさまよっているのかもしれない。
そして、その顔が酷く真っ赤なのに、クルルは気づかないフリをした。
囁かれた言葉は、いつまでも耳に残っている。
それを忘れようとするには、少し――ほんの少しだけ、大きすぎた。
彼女の、彼に対する想いが――。
『二人とも、ファリスのこと好きなの。だから、取り合ってるんだよ』
無理矢理バツファリを入れた感が……。
一度、WEBドラマ化したレナを書いてみたかったんですが、見事玉砕。
でも書いてて楽しかったです。また書きたい……かもしれない。
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