ナチュラル


 「ファリス!」
  その名前の持ち主が、ゆっくりと倒れていく。バッツは慌てて駆け寄り、寸前のところで抱きとめた。
 「姉さん! 大丈夫なの?」
  前の方から、レナの声がする。バッツがファリスの顔を覗きこむが、彼女は目を開かない。こめかみの辺りから血を流して、青ざめている。だが、息はしているし脈もある。少し気を失っているだけだろう。
 「大丈夫だが……もう魔力がない。フェニックスの尾を持ってるか?」
  今現在、回復魔法である白魔法が使えるのは、白魔導士であるバッツのみ。しかし、彼の魔力は、ついさっき切れてしまっている。アイテムなどで、ちまちま回復していたのだが、とうとう間に合わなくなったのだ。
  そんなバッツの様子を見て、レナは悲しそうに首を振った。
 「ごめんなさい……わたしも持ってないわ。クルルが持ってるかもしれないけど……」
  レナが視線をやった先には、クルルがモンスター相手に戦っているところだった。アイテムを出すような余裕は、なさそうである。
 「仕方ない……。レナ、お前もクルルの加勢に行ってやってくれ。早いとこ、モンスターを一掃させるぞ」
 「分かったわ。姉さんをよろしくね」
  レナはバッツに背を向けて、クルルの方へ駆け寄っていった。
  魔力が尽きた魔導士というのは、何もすることがない。あるとすれば、せいぜいみんなの足手まといにならないようにすることだけだ。そう考えて、モンスターからは見えない物陰に移動することにした。
  ファリスを抱きかかえ、立ち上がった、その時。
 「うわっ!」
  モンスターの魔力弾が、バッツの足元に飛んできた。間一髪のところで、避けきる。
 「簡単に逃がしはしないってことか……」
  相手が、じりじりと詰め寄ってきた。バッツには、本当に何もない。武器は杖。何の役にも立ちはしない。
 「くそ……」
  気絶しているファリスを庇いながら、後ずさる。
  俺が、守らなければ。
  そんな思いにかられる。
  ふと、ファリスの腰元に、短剣が差しているのが目に映った。
 「やって……やろうじゃねぇか……」
  その短剣を抜き、片手でファリスを抱き、もう一方の手で短剣を構えた。
  敵は相変わらず、ゆっくりとバッツ達に近づいてくる。
  果たして、短剣で何ができるのか……だが、何かやらないわけにはいかない。レナもクルルも、今は手が放せない。自分が何とかするしかないのだ。戦わなければならない。
  短剣を構えたまま、バッツは動かなかった。じっと敵を見つめたまま、間合いを計っている。今は白魔導士とはいえ、生粋の冒険者である。ひるむことは、ない。
  モンスターは、ぴたりを歩みをやめた。そして、息を吸うような動作をする。
 (……今だ!)
  バッツは、短剣を持っている右手を大きく振りかぶって、そのまま投げた。
  しばらくモンスターの断末魔の叫びが響き渡る。投げられた短剣は、見事急所に突き刺さっていた。
  モンスターは、そのまま前のめりに倒れた。ずん、と地響きがする。
 「……やったか?」
  バッツは、ファリスをその場に寝かせると、モンスターに近寄った。どうやら、本当に死んだようだ。突き刺さった短剣を抜いて、血をふいてやる。いくら危険だからとはいえ、勝手に使ってしまったのだから。
 「バッツ!」
  レナとクルルが駆け寄ってくる。どうやら向こうの方も、倒してしまったらしい。
 「クルル、フェニックスの尾、持ってるか?」
 「うん。持ってるよ。ファリス、大丈夫なの?」
 「あぁ。心配ない。気絶してるだけだ」
  クルルからフェニックスの尾を受け取り、バッツはもう一度ファリスを抱き起こした。
  紅い光が、ファリスを包み込む。尾羽は弱い光を残し、消えた。
 「ん……?」
 「ファリス!」
 「気がついたか?」
  うっすらと目を開けたファリスは、しばらく辺りをぼんやりと見回していたが、やがてこめかみを押さえながら、口を開いた。
 「……敵は?」
 「倒した。もう大丈夫だ」
 「そうか……」
  いくら回復させたとはいえ、まだ体力は充分ではない。歩くのも、ままならないはずだ。事実、ファリスの顔は少し青い。
 「ねぇ……。やっぱりちょっと、奥まで来すぎたわ」
 「そうだね。あたしたちには、まだ早いよ」
  バッツも、その意見には賛成である。どちらにしろ、魔力を回復させなければ、不安で先に進めない。
 「一度、町に戻って、もうちょっと強くなってから出直すか」
 「そうしよ」
  他の面々も、異論はないようである。

 「ねぇ、バッツ」
  異論はないが、意見はあるようで、クルルが大きな目でじっとこちらを見ている。
 「何だ?」
 「いつまで、ファリス抱きかかえてるの?」
 「………あ」
  そういえば、そうだった。クルルの一言で、ファリスも状況を把握しきったようで。
 「バ……バカ、離せよ!」
  気づいた時には、ファリスはバッツを突き飛ばしていた。が、体力が充分に回復していないファリスは、少しふらつく。
 「姉さん、まだふらふらみたいだから、バッツが支えてあげれば?」
 「だとよ」
  ファリスの反応が面白くて、冗談まじりで言ってみるが、けっこう本気だったりする。
 「な……結構だよ!」
  ファリスの顔色は、先程とはうって変わって、赤い。
 「本当に大丈夫か? おんぶしてってやろうか?」
 「いいっつってんだろ!」
 「おんぶ〜?」
  クルルは、目を細めて、疑わしげにバッツを見た。
 「バッツって、やらしいんだ〜」
 「はぁ?」
  言葉の意味が分からない。
 「抱っこより、おんぶの方がやらしいのよね」
  レナまでも同意している。
 「何でだよ?」
  クルルはにやりとして、からかいの響きを含んだ声で言った。
 「だって、胸が背中に当たるでしょ?」
  その一言に、バッツは凍りついた。
 「……もういい。一人で歩ける!」
  そう言い放つと、ファリスはずんずんと一人で先に歩いて行ってしまった。
 「ちょ……ちょっと待てよ! 別に俺はそんなつもりで……」
 「ファリス、怒っちゃったね」
 「そうね……姉さん、しばらく機嫌悪いわ」
 「お前らのせいだろーが! 余計なこと言うから……」
  そんな言い合いをしつつ、三人は慌ててファリスの後を追った。
 
  結局ファリスは、バッツに抱きかかえられて帰路に着いたことを、追記しておく。







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