不思議の国のファリス
ファリスはそのとき土手の上で、子分たちと一緒に座っていました。けれども何にもすることはないし、退屈でたまらなくなってきました。
そのときでした。白ウサギがアリスの目の前を通り過ぎて行ったのは。ウサギとはいっても、形は人間と同じでした。金髪で、なぜかガウンを着ていました。手には本を持っています(そんなのがなぜウサギかと分かったというと、頭に長い耳がついていたからです)。そして、そのウサギが、
「たいへんだ、遅刻しそうだ!」
って、つぶやくのが聞こえましたが、ファリスは別に不思議だとも思いませんでした(あとから思えば、そんなウサギがいること事態おかしかったのです)。しかし、そのウサギはガウンから、時計を取り出して、また時刻を確かめてせっせと駆け出していきました。
ファリスは全然驚きませんでしたが、とっても退屈だったので、そのウサギのあとを追いかけていくことにしました。
原っぱをつっきると、ウサギはぴょんと巣穴に飛び込みました。ファリスも続いて飛び込みました。
ウサギ穴はしばらくのあいだ、トンネルみたいにまっすぐ進んで、それからふいに下に向かっていました。あんまり突然だったので、ファリスはそのまま落っこちてしまいました。
よっぽど深い穴なのか、ファリスの落ち方がのろいのか。落ちていく最中に、ファリスはあたりを見回したり、いろいろなことを考える余裕がありました。
まず下を見下ろしてみましたが、暗くて何も見えません。そこで、四方の壁を見てみると、一面戸棚や本棚になっていました。ファリスは本棚から一冊取り出して見ると、表紙には金色の刺繍で『エクスデス日記』と書かれていました。最初の方を読んでみると、『今日はバッツたちに会うために、クレセントの町のアイテム屋でバイト
をすることにした』と書かれていました。興味なかったので、そのままほうり捨てました。下にいるひとにあたって死んだりされても、そんなこと知ったこっちゃありません。
今度は、ファリスはシルドラのことを考えはじめました。
「シルドラは大丈夫かな……オレがいないと、餌もとれないのに。あ、でも待てよ。クラゲくらいだったらとれるかな。でも、シルドラってクラゲ食べるのか?」
そのうちファリスはうつらうつらしてきました。うつらうつらしながら、そのことを一生懸命つぶやいていました。時々「シルドラってクラゲ食べるのか?」が「クラゲってシルドラ食べるのか?」になったりしました。それが本当だったらとっても怖いことだけど、ファリスは気にしませんでした。なぜなら、彼女はもう夢の中だったのです。
そして、その夢の中で、ファリスはシルドラに尋ねました。
「おい、シルドラ。お前って、クラゲ食べるのか?」
そこでいきなり、小枝や枯葉の上にしりもちをつきました。墜落はこれで終わりです。
上の方を見ても、真っ暗で何も見えません。
目の前には長い通路があって、さっきのウサギが相変わらず急いで走っていました。
「遅刻しちゃうよ! おじいちゃんに怒られちゃう!」
おじいちゃんって誰のことだろうと、ちょっと気になったので、ファリスはその後を追いかけました。でも、角を曲がったところで、ウサギの姿は見えなくなりました。
そこは、天井の低い大広間でした。
真ん中には、小さな三本足のテーブルがあります。ガラスずくめで、上には金の鍵がのっているです。そしてその横には、ちっちゃなびんがひとつ乗っています。そこには、『わたしをお飲み』と書かれてありました。命令口調なのが気に入らなくて、ファリスはそれをほうり捨てました。その次に目についたのは、『わたしをお食べ』と書いてあるケーキでした。また命令口調だったので、ファリスはまた放り捨てようとしましたが、ケーキなので床が汚れると思って、さすがにそれはしませんでした。
ファリスは台本を間違えてしまいました。
しかし不思議なことに、さっき放り捨てたビンの中から液体があふれ出てきました。それは際限なくて、たちまち部屋の中の半分までもが、その液体に浸かってしまいました。
これで一応、結果オーライです。
その液体は、まだまだ増え続けます。ファリスは必死で、岸に上がりました。上がってから気がついたのですが、いつのまにかさっきのケーキや金の鍵や、ガラスのテーブルはなくなっていました。
ファリスはぽたぽたたれ落ちる服をどうにかしたいと思いましたが、あたりを見回しても何もありません。周りを見回しても、だぁれも来ませんでした。ずっとその場でうろうろしていたので、いつのまにか服や髪は乾いてしまいました。
退屈すぎて、ファリスがキレる寸前、あの白ウサギが小走りでこっちに向かってきます。
「おじいちゃん! あぁ、どうしよう。これじゃ間違いなくおじいちゃんに首をはねられちゃうよ! どこに落としたんだろう?」
ウサギは密かに恐ろしいことを言いながら、何かを探していました。
面白そうにファリスが見ていると、いきなりウサギが、
「メアリ・アン。こんなとこで何やってるの? そうだ。僕の家にいって、手袋と扇子をとってきてくれよ」
ファリスはとってもびっくりしたので、思わずウサギの家に向かって走り出しました。走りながら、このウサギはオレをメイドだとでも思っているのだろうかこのやろ
うこんなことになったからには扇子と手袋はとってきてやるが今度会ったら承知しないからな、と、句読点をつけず一気に考えました。
そんなこんなで、小さなしゃれた家の前に着きました。ドアには、『シドミドのおうち(はぁと)』とかかれていました。
「ふざけてやがる……」
ファリスはぶつぶつ言いながら、ドアを開け、そのまま二階へ突っ走りました。
「くそっ俺は海賊だぞあんなウサギにコキ使われるなんてどうかしてるそれに本物のメアリ・アンとやらが出てきたらどうするんだいっそのことそいつをやっつけてなりすますってのも良いかもな……」
どうやら彼女は、混乱したり怒ったりすると、一気に考えたりつぶやいたりする癖があるようです。
二階にはたくさん部屋があったので、とりあえず手前のドアを開けてみました。すると、テーブルの上に、扇子と手袋のセットが三組ありました。ファリスは一組を取って、窓から逃げようとしました。ここは二階でしたが、海賊のファリスにはワケないことでした。
しかし、その時部屋の前で、声が聞こえました。
「おい、大臣!この部屋に誰かいるぞ!入って確かめろ!」
「しかしタイクイーン王……わ、わたくし実は臆病なのです……」
「何ぃ!? くっ、仕方ない……わたしが行くとするか……」
(げっ、やべぇ!)
ファリスは急いで逃げようと思いましたが、なぜかその時女の直感というものが働いて、その場に留まっていました。
「誰だ!」
扉が開きました。そこに立っていた人物を見て、ファリスは思わずつぶやきました。
「父さん……」
「……サリサ、サリサなのか!?」
親子感動の再会でした。しかしファリスは今、侵入者。こんなところでもたついているわけにはいきません。ファリスは、勇気を出して言いました。
「……父さん……死んじゃやだー!」
そうして、タイクイーン王が気をとられているうちに、脱出に成功しました。
白ウサギの家から脱出し、ファリスはウサギを探そうとその辺をさまよっていました。そのうち、鬱蒼と茂った森の中に入ってしまいました。どこをどう探しても、ウサギはいません。
どうしようかと思っていたところに、突然芋虫がやってきました。
「何だ、おめぇ」
芋虫は、近くにあったキノコの上によじ登り、ファリスに向かって尋ねました。その態度のでかさにファリスは腹を立て、思わず言い返しました。
「お前こそ誰だ」
「あぁん? 俺様は見ての通り芋虫じゃねぇか。見て分かんねぇのか? これだから海育ちの男女は……」
「何だと……やるのか?」
「お前に芋虫と喧嘩する趣味が合ったなんて知らなかったな。妹が知ったら泣くぜ」
ファリスの怒りは飛竜の山の頂点にまで達していました。でも、芋虫の言っていることはあんまり間違っていないので、仕方なく冷静になろうと思いました。
「ここにウサギが来なかったか?」
「唐突だな。来なかったぜ。それより、おめぇ誰だよ」
「さっきオレのこと『海育ちの男女』って言わなかったか?」
「だって、そう書いてあるだろ。あと、実は妹がいますとも」
「どこに?」
「そこに?」
芋虫は体を伸ばし、ファリスの胸元を指しました。そこにはいつのまにか紙が貼られており、芋虫の言ったとおりのことが書いてありました。その他にも、ファリスの悪口なのか誉め言葉なのかよくわからない、微妙なことがいろいろ書かれてありました。
「何だよこれは!」
ファリスは怒って、その紙をビリビリに破り捨てました。
「お前、大丈夫か?」
「どうも大丈夫じゃないみたいだ……」
そもそも、しゃべる白ウサギを見た時点で、おかしいと気づくべきでした。
「歌歌えるか? お前、海育ちなんなら、海の歌でも歌ってみろよ」
「……やってみる」
芋虫にバカにされるのは癪でしたが、自分でも自分がわからなくなったので、言うとおりにしてみました。
オレたちゃ海賊
気ままな海賊
海にはばかる
悪者たちを
ガツンと一発
もちろん倉庫の
宝はがっぽりいただくぜ
「……合ってなかったな」
「あぁ……」ファリスはがっかりしました。「ところどころ違ってたな」
「最初からしまいまで全部違ってたぜ」
ファリスと芋虫は、黙り込んでしまいました。
「んでよぉ、お前、どうしたいんだ?」
芋虫が口を開きました。
「……帰りたいんだ。自分の家に」
「んじゃぁ、シド博士に聞くといい。博士は今古代図書館にいるぜ。あっちだ」
芋虫はそれだけ言うと、キノコから下りて、草むらに入り込んでしまいました。
ファリスは他に行くところがなかったので、とりあえずシド博士の元に行ってみることにしました。
ファリスが森を抜けると、確かに古い建物がありました。
(ここが古代図書館とやらかもな……)
勝手に入っていいものかどうか迷いましたが、図書館なので別に良いだろうと思いました。しかしその時、向こうの方から誰かやってくるので、ファリスは思わず隠れてしまいました。
それは、機械蜘蛛みたいなやつでした。できれば関わりたくなりません。
機械蜘蛛は、図書館の扉をノックしました。すると、中から竜が出てきました。
「シド博士へ、女王様より、無の世界への招待状です、神竜様」
「女王様より、シド博士へ、無の世界への招待状ですな、オメガ様」
ファリスは隠れてて正解だと思いました。機会蜘蛛はそのまま去って行き、竜はまた図書館の中に入ってしまいました。
誰もいなくなったのを見計らって、ファリスは図書館の中に入りました。
図書館の中は薄暗く、数人の学者らしき人たちが、うろうろしたり、本を読んだりしていました。
そのまま突き進むと、なぜかそこには赤ん坊をあやしている老人がいました。実はシド博士でした。その側には、赤いマントを身につけた茶色い髪の猫がいます。その猫はファリスを見ると、にこりと微笑みました。思わずファリスはどきどきしました。
(な、何でオレは猫にどきどきしてるんだよ……)
自分が変態になるのだけは耐えられないので、ファリスはシド博士に話し掛けました。
「なぁ、あの猫、何で笑ってるんだ?」
「それはあの猫の名前がバッツなんじゃ。だからじゃよ。ばか」
ファリスはムっとしましたが、最後の言葉が自分ではなく、赤ん坊に言ったことが分かって、ファリスは気を取り直しました。
「名前がバッツだったら笑うのか? そんなこと誰も言ってなかったぜ」
「どんな猫でも笑うものじゃよ」
「そうか? 見たことない」
「それはお前さんが無知だからじゃよ」
無知といわれて、ファリスはまたムっとしました。猫の方を見ると、まだ微笑んでいます。また胸がどきどきしたので、もう猫の方を見るまいと思い、シド博士をじっと見つめていました。
「そうじゃ、お前さん、こいつをよろしく頼むよ。わしは飛空挺の修理をせにゃならんのでな」
そう言うと、シド博士はそのまま部屋を出て行ってしまいました。残されたファリスは、赤ん坊を抱えて途方にくれてしまいました。その時、いきなりバッツ猫が話し掛けてきました。
「お前、何でここに来たんだ?」
ファリスはびっくりしました。胸のどきどきはまだ収まりませんでしたが、とりあえず会話をしてみようと思いました。
「お、オレは……アジト……あぁ、いや、家に帰りたいんだが、道が分からなくて困ってるんだよ。そしたら、ここにいるシド博士に聞けば分かるって……」
芋虫が、と言いかけて、やめました。狂っていると思われたくなかったからです。
「さっきのがシド博士だ」
「そうだったのか……」
しかし、もうシド博士はいません。仕方なく、バッツ猫に尋ねることにしました。
「なぁ、この辺に他に、オレの帰り道を知ってる奴はいないか?」
「そんなのは知らないが、この辺に住んでる人なら知ってるぜ」
バッツ猫は右手を上げ、「あっちには、ウカレウサギが住んでる」今度は左手を上げ、「あっちには、帽子屋だ」バッツ猫は最後に、こういいました。「どっちも狂ってる」
「狂ってる奴のところなんて、行きたくねぇよ」
「ここの住人はみんな狂ってるさ。お前もな」
「オレ? オレが狂ってる?」
思いっきり否定したかったのですが、芋虫の前で歌った歌のことを思い出して、反論できませんでした。代わりに、こういい返しました。
「じゃぁ、お前はどうなんだ? お前も狂ってるんだろ?」
「あぁ」
バッツ猫はあっさりと肯定しました。あまりにあっさりしていたので、ファリスは不思議に思いました。
「何で自分で狂ってるって分かるんだ?」
「そりゃお前、こんな猫がいるかよ。しゃべって、マントつけてる猫なんて。大体、何でオレが猫なんだよ……くそ」
最後のセリフは意味不明でしたが、その他には納得でした。
「それじゃ、俺はもう行くぜ。あ、そうそう。お前、その豚野生に戻した方がいいぞ」
「豚?」
言われて初めて気づきました。ファリスが抱いていた赤ん坊は、いつのまにか豚に変わっていたのです。
「お、オレは赤ん坊を抱いてだんた! 何で豚になってるんだ?」
「シド博士が、いつもそいつのこと豚って呼んでたからな」
バッツ猫はそういい残し、部屋から出て行ってしまいました。ファリスはとうとう一人になってしまいました。しばらく豚を抱えて茫然としていましたが、豚があまりにぶうぶう鳴くので、外の森に放してやることにしました。
「……豚として、幸せに暮らせよ」
豚は走り去りました。ファリスは図書館から出て、どこへ行こうか迷いました。さっきバッツ猫が行っていた「ウカレウサギ」の方へ行くことにしました。
しばらく歩くと、小さな家が見えました。家の前にはテーブルが出ていて、ウカレウサギ(普通の人間にウサギ耳をつけただけでしたが、それはどこから見てもとぼけた老人でした。ファリスは、バッツ猫の言った通りだと思いました)と帽子屋(ピンク色の髪の女性でした。帽子屋らしく、シルクハットをかぶっています。こちらは別に狂っていないように見えます)がお茶を飲んでいるところでした。二人の間にはネムリネズミ(金髪の女の子でした。ウサギのように、頭にはネズミの耳がついています)がいましたが、座ったままぐっすり眠り込んでいて、他の二人はクッション代わりにそこに肘をついて、あたまごしにおしゃべりしていました。(ネムリネズミにとっちゃ、いい迷惑だよな……でも寝てるからいいのか)
テーブルはけっこう大きいのに、三人はかたっぽの端によりかかっていました。
ファリスがやってくるのを見て、ウカレウサギが、
「席はないぞい」
といいました。ファリスは、
「いっぱいあいてるじゃねぇか」
と言い返し、ウカレウサギのまん前に座りました。
「ワイン飲むか?」
席はないと言ったわりには、ウカレウサギはワインを進めてきて、ファリスはちょっと嬉しくなりました。けれど、テーブルの上にはお茶以外何もありませんでした。
「ワインなんてないじゃないか。お前は、ないものを進めるのか?」
「別にいいじゃない。さ、お好きなお茶をどうぞ」
帽子屋はクールに言いました。こんなキャラだったかなぁとファリスはちょっと不思議に思いました。
ファリスはお茶を飲みながら、帰り道をとりあえず聞いてみることにしました。
「なぁ、オレここの住人じゃないんだ。それで、帰り道を探してるんだが、知らないか?」
「何てところ?」
帽子屋に聞かれて、ファリスは困りました。海賊のアジトなんて言っても、いっぱいあるので教えてもらえるはずもありません。ファリスは考えに考えた末、
「タイクイーンという所だ」
と答えました。タイクイーン城からなら、歩いて帰れるからです。
「よし、わしの出すなぞなぞに答えられたら、教えてやってもいいぞい」
「知ってるのか?」
ファリスはわくわくしました。こう見えても、なぞなぞは得意なのです……たぶん。
「じゃ、出すわよ」
帽子屋は言いました。
「暗黒魔導士と木の共通点ってなぁに?」
「……は?」
ファリスは一生懸命考えましたが、そんな問題普通の人は分かるわけありません。しばらく考えていましたが、とうとうあきらめました。
「降参だ。答えは何だ?」
「女王様じゃよ」
「はぁ?」
ワケが分かりません。ネムリネズミがいきなり起きて、口をはさみました。
「会えば分かるよ」
そうして、ネムリネズミはまた眠ってしまいました。その言葉を聞いた途端、ファリスはその女王様とやらに会いたくなくなりました。
「なぁ、クルル。お前さん、この人に話をしてやってくれんかのう?」
クルルと呼ばれたネムリネズミは起き上がって、話をし始めました。唐突でした。
「あるところに、暁の四戦士と呼ばれていた老人たちがいました。昔女王様と戦った勇敢な戦士だったのです。名前は、ドルガン、ケルガー、ゼザ、ガラフ」
「はっはっは」
ウカレウサギはなぜか照れていました。
「女王様と戦って、何で勇敢なんだ?」
「女王様は恐ろしい人なのよ」
帽子屋はお茶を飲みながら、さらりと答えました。
「続けるよ。え〜っと、ドルガンは別の世界で暮らしていました。美人の奥さんをもらったからです」
「良い話だわ」
帽子屋は涙を流していました。
「ケルガーは狼で、狼の村に住んでいました」
「狼なんだったら、当たり前じゃないか」
ファリスは思わず突っ込みましたが、ネムリネズミは構わず続けます。
「ゼザはどっかの王様で、船をいっぱい持っているナイスミドルでした」
これに関しては、誰も何も言いませんでした。
「ガラフは、あたしのおじいちゃんです」
「えぇ!?」と、これはファリス。
「都合が悪くなると記憶喪失になるボケた老人よ」と、帽子屋。その言葉に、ネムリネズミは怒りました。
「そんなんじゃないもん! おじいちゃんは素敵なおじいちゃんだもん!」
「そぉ? お父様の方がずっとかっこいいわ」
「はっはっは」
ネムリネズミと帽子屋は喧嘩を始め、ウカレウサギはなぜか照れていました。ファリスはもうワケが分からなくなって、その場を立ち去りました。最後に振り向いたとき、状況は変わっていて、ウカレウサギと帽子屋がネムリネズミをお茶のポットにおしこめようとしているところでした。
ファリスがしばらく歩いていると、トランプ人間がいました。トランプ人間は3人いて、スペードの2と5と7でした。3人共、白いバラに水色のペンキで色を塗っていました。
「なぁ……何でお前ら、バラに色を塗ってるんだ? しかも……水色で」
とっても不思議に思ったので、ファリスは尋ねてみました。
「いやね」答えたのは2でした。「女王様は、水色がお好きなんだよ。自分も水色の甲冑とか着ているし。だから、水色のバラを植えろって命令されたんだけど、そんなバラあるわけないだろ? だから白バラを育てて、あとで色を塗ろうってことになったんだ……。だから、みんなで一生懸命」
そこまで言いかけて、いきなり2の首が飛びました。ファリスは思わず目をそらしました。
「「じょ……女王様!」」
5と7が同時にいいました。そうして、地べたにひれふしました。女王様は、確かに今は亡き2の言った通り、水色がお好きなようで、全身を水色で固めていました。はっきりいって、不気味でした。そういえばさっきのなぞなぞで、「暗黒魔導士と木の共通点は、女王様」と言っていたのを思い出しました。けれど、さっぱり分かりませんでした。
「お前ら……わたしの目をごまかそうとしてもそうはいかんぞ……」
女王様は怒っていました。ふと隣を見ると、なぜかさっきの芋虫がいました。
「ギルガメッシュ。こいつらの首も切れ」
「はい!」
芋虫がそんなことできるかよ、と思いましたが、やってのけました。そうして、5も7も亡き者にされてしまいました。どうやってやったのかは、企業秘密です。
「おい、お前」
ファリスは芋虫に話し掛けました。芋虫はファリスを見るなり、大声で言いました。
「あ、お前さっきの男女じゃねぇか。どうだった? シド博士に会えたか?」
「あぁ……でも……」
そこまで話しかけて、女王様から怒りのオーラが立ち上っているのが分かりました。
「ギルガメッシュ!」
芋虫は縮こまってしまいました。ファリスの頭にエクスカリパーのせいだ、という声が聞こえましたが、誰の声かはわかりませんでした。
「役にたたぬやつめ! 次元のはざまへ行くがいい!」
「そ、そんな! それだけはかんべんを!」
「黙れ! デジョン!」
「あーれー」
芋虫は、そのまま地面の中にずぶずぶと入っていってしまいました。いったい芋虫が何をしたんだろうとファリスは思いました。そして、ここに来てしまったことをひどく後悔しました。
「ふぁふぁふぁふぁふぁ……」
女王様は、ギャグなのかシリアスなのか判別不能な笑い声をあげました。そしてファリスを見て、
「おいお前。お前は何をしに来たんだ」
「帰り道を探しているんだ。知らないか?」
とても女王様に尋ねる態度ではありませんでしたが、女王様はあまり気にしていませんでした。
「お前、こいつを知らないか?」
女王様は問いには答えず、手配書をファリスに渡しました。
「こいつを捕まえてきたら、お前の帰り道を教えてやろう。ふぁふぁふぁふぁ……」
あの意味不明な笑い声と共に、女王様は去って行きました。手配書に書かれていたのは、まぎれもなく、あのバッツ猫でした。
「何であいつが手配されてるんだ……?」
ファリスは、バッツ猫を売って家に帰るか、このままこの世界に留まって、バッツ猫を逃がしてやるか、迷いました。究極の選択ってやつです。
「よし」ファリスは決めました。「あいつに女王様が狙っていることを教えて、逃がしてやろう」
この時のファリスは海賊業よりも、恋をとりました。
バッツ猫はどこにいるか分からなかったので、とりあえずその辺をうろうろしていると、ウカレウサギとネムリネズミと帽子屋の三人と出くわしました。
「お前さん、それは手配書ではないか」と、ウカレウサギ。
「あぁ。どこにいるのか知らないか?」ファリスは答えました。
「その人捕まえるの? わたしたちの仲間なのに」帽子屋は顔をしかめました。
「いや、逃がしてやろうと思って。あんな怪しい奴に、こいつを引き渡してたまるか」
ファリスがそう言うと、ウカレウサギは得意そうな顔をしました。
「ははーん。さてはお前さん、そんなこと言って、本当はそいつにホの字なんじゃないのか?」
「な、な、な、な、な、な、な、な、な、な…………!」
ファリスは動揺しまくりでした。
「おじいちゃん、いまどき『ホの字』なんて言わないよ」ネムリネズミが突っ込みました。
「仕方ないじゃろ。何年も前のゲームなんじゃから」
そんな話をしていると、話題のバッツ猫が現れました。
「あら、バッツ。今あなたの話をしていたのよ」
どうもこの三人組とバッツ猫は知り合いのようでした。
「お前、手配されてたぞ。何やったんだ?」
「げ、マジかよ! 俺、何にもしてねーよ」
そう言いつつ、バッツ猫はパイをむしゃむしゃと食べていました。
「でも、女王様が手配してるんだから、行った方が良くない?」帽子屋はさっきとは違うことを言いました。
「あんな奴の所に行って、何されるかわかったもんじゃない。あいつ、自分の城にマグマ流してるんだぜ。そんなの流したら、誰も立てこもれないだろう。ばかだよな」
「だから、いっつも裁判所にいるんでしょ?」
バッツ猫と帽子屋が仲良さげに話しているのを見て、ファリスはむかむかしました。
その時、いきなり変な奴がやってきました。ファリスはもう、変な奴は見慣れていました。
「はははは……わたしはネクロフォビア。エクスデス様の命令で、バッツ。お前を捕らえに来た」
「ほら、言わんこっちゃない」
ネムリネズミは今まで眠っていたのですが、むっくり起き上がって、言いました。
「抵抗すると言うのなら、仕方ない。力ずくでも来てもらう!」
誰も抵抗してねーじゃねーか、とファリスは思いましたが、バッツ猫は行きたくないと言っていたので、抵抗する気まんまんだったのは明らかです。
「ミールストーム!」
「間に合った!」
よくわからない言葉を発しつつ、ネクロフォビアとファリスたちの間に立ちはだかったのは、何とあの芋虫でした。
「お前、次元のはざまに行ったんじゃなかったのか?」
「あのまま帰ったんじゃ、かっこ悪いまま歴史に残っちまうからな!」
「ふっ……なにをごちゃごちゃと……お前から始末してやる!」
そうして、芋虫とネクロフォビアの戦いが始まりました。五人は蚊帳の外でした。
しばらくして、芋虫がいきなり叫びました。
「クルル!お前のおじいちゃん……強かったぜ!」
「わしはまだ生きとるぞい!」
どうやら芋虫とウカレウサギは、戦ったことがあるようでした。
「ファリス! 恋でもして、ちったあ女らしくなりな」
ファリスはいきなり話をふられたのでびっくりしましたが、
「余計なお世話だ! 芋虫!」と叫びました。
「レナ! いつまでも動物をいたわる優しさを忘れるな!」
「わたし、動物をいたわった覚えはないわ」
帽子屋はクールに答えました。やっぱり、キャラが違うなぁとファリスは思いました。
「バッツ! お前とは一度……1対1で勝負したかったぜ! 良い友達を持ったな!」
「俺は芋虫と勝負する趣味はない」
バッツ猫はきっぱり言いました。
「死ね!」
ネクロフォビアは叫びました。しかし、芋虫が、
「それはこっちのセリフだぜ! 自爆!」
どぉん!と派手な爆発音がしました。
しかし、芋虫の自爆の威力が、そうそう大きいわけありません。ネクロフォビアはかすり傷一つしか負いませんでした。芋虫の努力は無駄になりました。合掌。
「それじゃ、邪魔者もいなくなったところで、バッツ。お前を連れて行くぞ」
「おい、ちょっと! お前放せよ! 俺は何もしてねぇって……!」
しかし、ネクロフォビアはとっても強かったので、バッツ猫はそのまま連れて行かれました。
残された四人は、しばらく茫然としていました。
「助けに行こう!」
ファリスは即座に言いました。
「しかし、女王に勝てるかいのう?」
ウカレウサギは心配そうに言いました。
「何言ってるのよ! おじいちゃん、女王にフレアメテオホーリーをくらっても、平気だったじゃない!」
ネムリネズミが言いました。
「そうね。バッツをあのままにしておくわけにはいかないしね」
帽子屋はやっぱりクールでした。
「よし、いくぞ!」
こうして四人は、バッツ救出大作戦を決行することにしました。
裁判所の中に入ると、まさに今から裁判が始まろうとしていました。あの白ウサギが、女王の右隣に座っています。裁判長と書かれた札がその前の机に置いてありました。
「おい、起訴状を読め!」
女王が白ウサギに命令しました。ファリスは、起訴状って、裁判長が読むものだったっけ?と思いました。
「えー……おじいちゃん……じゃなくて、シド博士が作ったパイを、バッツさんが食べた……ということです」
「よし。では、わたしのミールストームを受けてもらおう……」
「げ! やめろよ!」
バッツ猫は被告席に座っていました。
「まぁまぁ、女王様。とりあえず、証人に話を聞きましょう」
さっきのネクロなんたらが、女王の左隣に座っていました。
「第一の証人! おじいちゃん……じゃなくって、シド博士!」
白ウサギは高らかに言いました。シド博士が証人席に立ちます。ファリスはいったい彼が何をいうのか、とても楽しみでわくわくしました。
「よし、お前。証言しろ」
「わしは一日かけて、ミドの為にパイを作っとったんじゃ……。しかし、側におったバッツが、それを持って行ってしまって……」
「ミールストームの刑で決定だな」
「いいや」シド博士は首を振りました。「バッツのせいじゃない……みーんな、わしが悪いんじゃ」
「おじいちゃん……」白ウサギは、切なそうにシド博士を見ていました。
「もう放っといてくれ!」
「おじいちゃん! おじいちゃんのバカバカバカ!」
白ウサギはいきなり立ち上がりました。
「おじいちゃん、言ってたじゃないか……失敗したら、またやり直せばいいって!」
何か、よく意味がわかりませんでした。この裁判に、関係あることなのでしょうか。
「ミド……分かった!」しかし、シド博士には分かったみたいでした。「そうじゃな。またやり直せばいいんじゃ! 今度は、もっと大きなパイを作ってやろう!」
「おじいちゃん!」
感動のドラマが終わったところで、シド博士は去って行きました。結局、バッツ猫が有罪なのか無罪なのか分からないままでした。
「第二の証人!」白ウサギは何事もなかったように、また声を張り上げました。「帽子屋!」
「はい」
いきなり近くの人が呼ばれたので、ファリスはびっくりしました。ウカレウサギはさっきのドラマを見て、涙を流して感動していました。ネムリネズミは、まだ眠っています。
「それでは、証言しろ」
女王はまた命令しました。帽子屋はクールに答えました。
「バッツがやったんだと思うわ」
バッツ猫はムっとしていました。帽子屋は続けました。
「けれど、バッツはわたしたちの仲間だから、あんまりひどいことはしないでね」
帽子屋はそう言うと、自分の席に戻りました。これもまた、よくわからない証言でした。
「ふむ……」女王は何か迷っているようでした。「今の証言により、バッツはフレア
メテオホーリーの刑にランクダウンしてやろう」
「そっちの方が痛いじゃないか!」
バッツ猫は叫びました。
「それでは……第三の証人!」
ファリスは、わくわくしていました。今まで証拠という証拠が出なかったのです。次の証人はどんな証言をしてくれるだろうと思いました。だから、白ウサギがこう叫んだとき、ファリスはとてもびっくりして、飛び上がってしまいました。
「ファリス!」
「はい!」
思わず返事はしたものの、ワケが分からず、ファリスの頭は混乱していました。いったい何を証言すれば良いのでしょう?
「よし。では、証言しろ」
女王に言われて、ファリスは迷いました。ここはやっぱ弁護してやるべきでしょう。
「……バッツは、何もやってない」
バッツ猫の顔は輝きました。女王が言い放ちます。
「嘘をつくと、お前もフレアメテオホーリーの刑だぞ」
「彼が食べていました。それはもう、むしゃむしゃと」
ファリスは自分の命が惜しくなりました。
「ひでぇ! ファリス、お前ってそんな奴だったっけ!?」
ファリスは無視して、女王の方を向きました。バッツ猫はまだ叫び続けていましたが、ファリスはもう気にしませんでした。いいのか、それで。
「それで、女王。あんた、俺がこいつを捕まえたら、帰り道を教えてやるって言ってたよな?」
「ウカレウサギに聞いてくれ。そいつは何でも知っている。わたしのフレアメテオホーリーの刑も効かなかったくらいだからな。ふぁふぁふぁふぁ……」
女王は勝手なことを言いました。ファリスはとりあえず、ウカレウサギの方を見ました。
「うっ……記憶喪失ぢゃ!」
ウカレウサギは頭を抱えました。ファリスはついにキレました。
「お前ら! 好き勝手なことしやがって!」
そう叫んだ瞬間、ファリスははっと目がさめました。周りはまだ薄暗く、ファリスは見慣れたベッドの上で眠っていました。海賊船の、自室でした。
「どこからが夢だったんだ……?」
ファリスは呟いて、部屋から出ました。その時子分たちがやってきて、
「お頭! 侵入者です! 俺たちの船を盗もうという奴らが三人!」
と、小声で言いました。ファリスはちょっとの間、現実と夢の区別がつかなくて、頭がごちゃごちゃしていましたが、気を取り直して言いました。
「よし、捕らえに行くぞ!」
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