『夜と君と幸福を』
一瞬、息が止まるかと思った。
満天の星空の中、ひざまで海に入り、魚たちとたわむれる。
オレに気付き、こっちをその大きな瞳で見つめてきたとき。。
オレはもうすでに君に心を奪われてたんだと思う。
「何、ボーっと見てんだよ。」
ファリスは顔にかかった髪を掻き上げながら、オレの方に向いた。
面白そうに笑みを浮かべ、見ている。
当のオレは見事にファリスに見とれていた。
「バッツ?」
「あ・・・、う、うん?」
オレはやっと我に返り、しかしなるべく平静を装った。
「こんな時間まで何ふらついてんの?」
ファリスは海から上がると、オレの近くへ寄ってきた。
うわ・・・、綺麗だな。
月光の中で見るファリスはいつも以上に綺麗だった。
その瞳には神秘的な光を宿している。
「おーい、バッツ?」
ファリスの髪が風で揺れ、オレの頬に触れてくる。
柔らかいなあ。
「戻って来ーい!」
ファリスのチョップがオレの額にヒットした。
「いってえ!何すんだよ!?」
「そりゃこっちのセリフだ。お前、なんか今日おかしいぞ?」
ファリスが「我ご立腹」という風に腕を組む。
顔はマジギレ寸前って感じだ。
「・・・疲れてんだよ。最近戦闘ばっかりしてるからな。」
オレはファリスが真っ直ぐに見つめてくるので、目をそらした。
「じゃあ、さっさと休めば良いのに。」
めっちゃ、あきれてるなあ。
・・・もっともなんだけど。
「だって、ファリスの姿が見えないから、心配になってさ。」
捜してたのは本当だ。
ファリスを意識したのはさっきが初めてだが。
「それはどーも。でも、オレはそんなに弱くねーよ。ご心配なく。」
「じゃなくて!」
オレはよっぽど想いを告げようと思ったが、ファリスの顔を見て言葉を呑み込んだ。
ファリスがあまりにも真剣な顔をしていたからだ。
「バッツ、オレは本当に大丈夫。それより、もっと守らなきゃいけない奴らがいるだろ?」
オレははっとした。
「お姫様としてはたくましいけど、中身は普通の女の子のレナ。」
・・・確かに。
レナは時々オレでも驚くくらい、度胸がある。
親父さんを一人で捜しにいくぐらいだし。
だけど瞳には、いつも不安げな光が宿っている。
「それからガラフ。おとぼけてるけど、記憶がないのはやっぱつらいと思う。」
だよな。
一番年上だから口に出さないだけなんだ。
それに、年だし。
「あいつらを守ってやれるのはオレたちだけだ。だから、オレらが守ってやんないと。」
・・・さすがファリスだな。
なんて強いんだろう。
一点の曇りのない声。
・・・オレは何度それに助けられただろう?
「もしかしたら、もっと前に惚れてたのかもな。」
「ん?なんか言ったか?」
オレは今までで、一番穏やかに笑えた。
「いや、なんでもないよ。・・・そうだよな、オレたちが守らなきゃな。」
オレの言葉を聞いて、ファリスは満足げに笑う。
天使の微笑みだな。
「レナもガラフも。・・・それからファリス、お前も。」
ファリスの目が大きく見開かれる。
オレはファリスの目をじっと見つめた。
「オレがお前を守る。」
しばし沈黙が流れる。
オレはファリスの返答を待った。
ファリスは固まっていたが、やがて不敵な笑みを浮かべた。
「・・・ばーか。100年早えよ。」
言うと思った。
「でも・・・、ありがとな。」
二人の間に、穏やかな風が流れる。
ああ、やっぱりファリスはすごいな。
肝が座ってるっていうか、余裕がある。
シルドラが渦に引き込まれたときも、変に強がるのではなく、ちゃんとオレたちに頼ってくれた。
信頼なんて、実はもっとも難しいことだから。
「帰るか?」
オレはファリスに手を差し出した。
ファリスはその手には触れず、俺の肩に手を置いた。
「女扱いすんなって言ってんだろ。」
「はいはい・・・。分かってますよ。」
オレは、内心間直に迫ってきたファリスの顔に慌てながら、表面では、あきれたように大きくため息をついた。
とっくにそんなの不可能だよ・・・。
オレはもうすでに、お前しか見えてないんだから。
「ファリス?」
「ん?」
「オレ、強くなるからな。」
「・・・・うん。」
「ホントだからな?」
「分かってるって。」
「そのときには・・・。」
「・・・?」
『そのときには、この想い伝えるから・・・待っててくれよな?』
END
戻る