I Wish…
天空の色、深海の色
透き通るような蒼
I Wish…
私を、見て欲しい…。
裂帛の気合と共に、1人の女剣士が敵を切り伏せる。
剣に宿した炎の力が、紅い曲線となって虚空に線を引く。
ふ、と一息ついたその剣士の視線はすぐさま別の方向へと向けられる。
シャ…ン…。
聖なる槍を手にした青年が、最後の敵を切り伏せたのは、ちょうどその時だった。
「あ、姉さん、夕飯は?」
「今日はいい。食欲ない…。」
薄紫の衣をなびかせ、階段を昇って行く女性――ファリスを見て、少女達は顔を見合わせた。
ファリスの実妹にしてタイクーンの王女レナと、今は亡きガラフの孫娘・クルルである。
フェニックスの塔を、次元の狭間を越えて、遺跡までやってきた一行は、
時を止めた街を拠点に、戦いを続けていた。
「姉さん……。」
エメラルドの瞳を辛そうに伏せて歩く姉の姿を見て、レナはもう一度姉を呼んだ。
返事は、返ってこなかった。
いつからだろう、姉の異変に気付いたのは。
物憂げな視線、切なそうなため息。
その原因は、すぐにわかった。
姉の目線の先には、いつも1人の青年がいた。
バッツ・クラウザー。
その瞬間、気付いた。姉は恋をしているのだと。
そしてその気持ちに、戸惑っている事に。
どさり、とベッドに倒れふし、ファリスは自らの身体をかき抱く。
胸に、甘く、それでいて鋭い痛みが走る。
いつから、彼を想うようになったのだろう。
気付いた時には、もう遅かった。
その仕草、その声、その笑顔に心ごと惹かれていた。
けれど、その生来の性格だろうか。
伝えたい想いは、憎まれ口となって彼女の唇から紡がれる。
素直になれたら―――…。
でも今までの関係が瓦解するのが怖かった。
それが彼女の心を、縛り付けていた。
「バッツ……。」
一言だけ、彼の名を呟く。素直な自分でいられるこのひとときに。
その時だった。小さな風切り音が彼女の耳に届く。
風が木々を揺らす音ではない。何かを振るう音だ。
ふと、窓の外を見下ろす。
愛しい青年が、自分の心を支配してやまない青年が、森の広場でただ1人、槍を振るっていた。
「バッツ…。」
「ファリス…起こしたか?」
竜騎士の鎧に身を包んだまま、バッツが笑う。
さすがに兜は邪魔らしい。その額には、蒼い布が巻かれている。
「熱心だな、夜遅くまで。」
「そうか?戦いは厳しくなるばかりだ。自分でも鍛錬してなきゃ、強くなれないだろ。」
「…確かに。」
「それに……明日、洞窟に飛び込めば…しばらくは見れないだろう、この空。」
槍を肩にかけて、バッツが空を見上げる。
蒼いバンダナ、竜の翼をその背に模した鎧、空を見つめる蒼い瞳。
ふと、彼の存在が夜空に溶け込みそうな感覚にファリスは捕らわれ、彼の名を呼ぶ。
「ん?」
「……なんでもない。」
「変なヤツ。」
「…どういう意味だよ。」
「別に?…ほら、早く寝ろよ。明日からは、休める時間もなくなるかもしれない。」
「バッツは?」
「もう少ししたら寝るさ。」
「……最後に、聞いてもいいか?」
「ん?」
「どうしてそこまで、強さを求めるんだ?エクスデスを倒すためだけ…?」
途端、バッツの瞳に真摯な光が宿る。
「今は…まだ言えない。」
「じゃ、いつ教えてくれるんだよ。」
「………お前が気付いたらな。」
「え?」
―夜半、ファリスは物音に目を醒ました。
風を斬る音が、まだ聞こえている。
「アイツ、まさか…。」
そっとカーテンの隙間から少しだけ広場を見る。
ファリスの予想通り、バッツは未だ槍を振るっていた。
ふと、バッツがその腕を止め、顔を上げる。
バッツの蒼い瞳が優しく微笑み、その唇が動く。
その唇から呟かれた言葉を認識した瞬間、ファリスの身体に甘い痺れが走る。
―ファリス。
確かに彼の唇は、自分の名を紡いだ。
ファリスは、まるで操られたかのように、外へと向かい出した。
「眠れないのか?」
広場の入り口にファリスの姿を認め、バッツが問い掛ける。
だが、ファリスの目は熱に浮かされたかのように宙を彷徨っている。
「…ファリス?」
「…きゃ!?」
思わぬ近距離にバッツの顔を認識したファリスが、少女のような悲鳴をあげる。
そしてそのまま、地面にへたり込む。
「どうしたんだ?具合でも悪いのか?」
「ちが…。」
目線を合わせるように、バッツがしゃがみこみファリスの翠の瞳を覗き込む。
ファリスは、身体を硬直させたまま力なく首を横に振る。
「何かあったのか…?」
「……んだ…ら…。」
「え?」
「バッツが、俺の名前…呼んだから…。」
優しい笑みを浮かべていたバッツの顔から、笑顔が消える。
「……見ていたのか?」
「ちが…ッ…。……音が聞こえたから、カーテンの隙間から…。」
「見てたんだな…?」
「あ……。」
真っ直ぐな眼差しでバッツが問い掛ける。
「ファリス…。」
―もう、逃げられない―――……。
その瞳に導かれるかのように、ファリスが頷く。
次の瞬間、ファリスの唇は塞がれていた。
「ん……んッ…。」
頬を両手で包まれ、唇を求められる。
脳髄まで溶けそうな優しいキスに、ファリスの体から力が抜けて行く。
「本当に気付いてなかったんだな、お前は…。」
唇を離し、そっとバッツが苦笑する。
「気付いてないとか、気付くとか…なんだよそれ…。」
まだキスの余韻に痺れながら、ファリスが言葉を紡ぐ。
「お前が俺をずっと見てたこと。」
「え……。」
ファリスの顔が、耳まで紅に染まる。
「あ……。」
「ったく…お前、強気なクセに妙なところで弱気だな。」
「いつから…気付いて…?」
「多分、お前が俺を見てくれるずっと前から。」
「……え…?」
唖然としたファリスの顔に、思わずバッツが苦笑する。
「ずっと…お前を見てたんだ、ファリス…。」
「……うそ。」
「ウソなもんか。冗談でこんなセリフ言えるか?」
「………どうして…今まで…。」
「お前、なんか持て余してたからさ。自分の気持ち…。だから、お前の気持ちに整理がつくまで、
黙ってるつもりだったんだ。」
「……っ…。」
ファリスの拳が、竜騎士の鎧を何度も叩く。
「じゃあ…俺、馬鹿みたいじゃないか…っ!1人でずっと悩んで、泣いて…。」
「じゃあ、俺が早々に『好きだ』って言ってたら…お前、頷いてくれたか?」
「あ……。」
バッツの優しい眼差しに、ファリスは気付いた。
最後の1歩を踏み出せなかった自分を、バッツがずっと待っていてくれたことに。
ずっと、ずっと…きっと、最初の世界から…。
「ごめ…ごめんなさい、ごめんなさい…俺っ…怖かった…怖かったんだ…。
言ったら、仲間って言う関係も壊れそうで……。」
「わかってるよ…そんなファリスが、俺は好きなんだ。
勝気で、強気。なのに、ふと弱気な一面を見せるお前が…。」
「バッツ…。」
「ずっと…ずっと好きだった…。ようやく言えた…。」
「うん…俺も……私も…ずっと…ずっと…。」
ファリスが涙混じりの、震える声で言葉を紡ぐ。そして、そのまま瞼を伏せる。
満天の星空の下、2つの影がそっと重なった。
傷つく事怖れて飛べなかった私
見えない翼でそっと包んでいてくれたあなた
これからは飛べるね
あなたと一緒に、どこまでも
あなたに見守られて、私は今、その翼を広げる
羽ばたく私を、ずっと見守っていて
I Wish…
それが私の、小さな願い…
「そういえば…。」
「ん?」
「なんのために、強くなるんだ?俺が気付いたら…教えてくれる、って。」
見上げるファリスの視線に、バッツが思わず赤面する。
「………あー、その…なんだ…。」
「だから何?」
ファリスの体を、バッツが少し乱暴に抱き寄せる。
「ナイトは、大切な姫君のために強くなるモンだろ。」
唖然とするファリス。だが、しばらくするとその翠の瞳が嬉しそうに細められる。
「笑いたきゃ笑えっ。」
「違うよ、嬉しいんだ。…ありがとう、バッツ。」
紫の髪をなびかせ、ファリスがバッツの胸に飛び込む。
「大好き…。」
END
駄文です。すいませんすいませんすいません(平伏)
でも私の中での2人のイメージはこうなんです。
ちなみに、舞台は最終決戦目前の洞窟で、バッツは竜騎士、ファリスは魔法剣士、
レナは白魔道士で、クルルは薬師です。
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