wishing well




 「なあ、バッツ。今夜、ちょっと付き合って欲しいトコがあんだけど」ファリスがバッツに、レナとガラフには聞こえないように、そっとささやいてきた。

 今、バッツたちは、ガラフたちの世界にいる。二度と自分たちの世界に帰ることが出来なくなっても後悔しないという覚悟で、バッツは、ガラフたちを助けるために(かえって、迷惑をかけてしまった時もあるのだが)ファリス、レナと共に、こちらの世界へやって来た。

 そして、今も戦いは続いている。エクスデスという敵との戦いは・・・。しかし、そんな中でも、町や村に泊まる時ぐらいはくつろごうと、四人で決めている。今日は、ムーアの村に着いたばかりで、この村に数日滞在して、ムーアの大森林に入る前に、戦いに必要な物を買い備えたりする事が決まっている。その間ぐらいはゆっくりしようと、各自努めているのだ。でもなければ、肉体的にも精神的にも、もたない・・・。そんな厳しさがバッツたちの旅にはある。だから、旅の道中でも、余裕のある時には、皆で雑談をしたりして、少しでもリラックスしようとするのだろう。それが、仲間の結束にもつながっているのだが。

 そのような中での、ファリスの誘いだった。ファリスから、バッツにどこかへ行こうと誘うのは、珍しい。武器屋や防具屋ならともかく、だ。

 「どこへ行こうってんだ?お前からどっかに行こうって言うなんて」バッツはファリスに小声で答えた。

 「いやさ、買い物の途中で、この村のじーさんに聞いた話なんだけどな。この村の真ん中くらいに井戸があるだろ?」ファリスは、楽しそうに話しているレナとガラフから、少し離れるように、バッツを引っぱって言った。

 「ああ・・・そういえば、あったな・・・。大きな井戸だったような・・・」バッツは、記憶をたぐるように思い出しながら、つぶやいた。

 「あそこにさ、満月の夜行って、真剣に願い事をすると、その願いがかなうんだとさ。ここじゃ、結構、有名な話らしいぜ。夜中にレナやガラフをたたき起こすわけにもいかねーし・・・」ファリスはそう言うと、レナとガラフを見た。確かに、女性のレナを夜中に連れまわすわけにもいかないだろうし、高齢と言っては失礼だが、初老のガラフを夜中に起こすのも、どうかとは思われる。それに、ファリスも、満月の夜とはいえ、あまりよく知らないこの村を、夜に一人で出かけるのは、あまり気が進まないのだろう。今夜は満月だ。バッツは、ファリスと一緒に、今夜、井戸の所へ行ってみる事を約束した。

 「おい、もう夜中近いぜ。行かなくていいのかよ」バッツは、深夜、宿屋で、ファリスの部屋のドアをノックした。ファリスは、急いで部屋から飛び出して来て、バッツに向かって、静かにしろ、と合図を送った。

 「バカっ。もう少し静かに出来ないのか?今、行こうと思っていた所だよ。もう、行こう。レナたちを起こしちまうかもしれない」ファリスは、そうバッツにささやくと、バッツを引っぱって、ソロソロと音を極力たてないように、宿屋を出た。

 外は、満月の明かりに照らされ、歩くのに不便はなかったが、虫の声と、バッツとファリスが歩いていく音しか聞こえない。本当に静かだ。

 「一体、何をその井戸で願おうっていうんだ?」バッツは、ファリスに尋ねた。ファリスはどちらかというと何かに「願い事をする」というよりは、欲しいモノは自分で手に入れる、という性格をしている。あくまで、村の噂に過ぎない、「願い事のかなう井戸」のために、わざわざ、深夜に出かけようと思うというのが、バッツには不思議だった。しかし、ファリスは元々海賊だから、意外とゲンをかついだりするものなのかもしれない。

 「いいだろ。何でもさ。あ!あれかな?」二人の前に、大きな井戸が見えてきた。二人は、井戸の所へ行った。その井戸は、今も村人たちに使われている大切な水源であり、水量は豊富である。今も、たっぷりの水が、ゆらゆらとゆれて見える満月を映し出している。

 「この井戸か・・・。確かにご利益はありそうだな」バッツは素直にそう言った。ここの井戸の水は力を失っていない。そんな感じがしたからだ。水のクリスタルの波調に似ているとでも言ったらいいのだろうか。

 「せっかく、来たんだから、バッツも何かお願いしとけよなー。じゃ、オレは、オレの願い事でもお願いしとくかな」ファリスは、バッツに向かって笑い、そして、急に真剣な顔になって、井戸に向かって手を合わせて、何事かを祈り始めた。

 ファリスの真剣さに、少し驚いたバッツだったが、この井戸が何らかの力を持っていそうだったのは確かだったので、ファリスの横で、共に祈る事にした。問題なのは、何を願うか、だ。

 「なあ、ファリス。願い事って一つじゃないといけないのか?」バッツは、悪いとは思ったのだが、祈っているファリスに聞いてみた。

 「んー?何だよ、もう。オレはこの村のじーさんにここの事、聞いたんだけど、一つじゃないといけないとは言ってなかったぜー?ただ、じーさんは、生涯、たった一つの願い事しかしてないし、その願いは本当にかなったんだって、嬉しそうに笑っていたけどな」ファリスは、願い事をしている最中に話しかけられたためか、幾分、不満そうな声で答えた。

 「邪魔してごめん。ゆっくり祈ってくれよ。俺も何か願かけてみようかな」バッツはファリスに謝ると、井戸を見ながら、手を合わせた。しかし、いざ、何かを願うといっても、なかなか浮かんでこない。<エクスデスを無事倒して、世界が平和になりますように>くらいなものだろうか。後は、色々、細々としたものが多くて、まとまりがつかないといった感じだ。本当は一つ、個人的な事で、願いたい事はあるのだが。

 ファリスの方は、何か真剣に井戸を見つめて祈っている。何を願っているのだろうか。バッツは、途中から、そちらの方が気になり始めて、井戸よりも、ファリスの方ばかり見ていた。いつも強気で豪快なファリスが、満月の下で静かに祈る姿は、バッツの目に、新鮮に、そして、清らかに映った。

 (ファリスにも、こんな一面があったんだな・・・)そうバッツは考えながら、ファリスの横で、ファリスが願い事を終えるのを静かに待とうとした。

 その時、急に、ガサガサと人の歩いてくるような音が聞こえた。バッツとファリスは、とっさにそちらの方を向いて、身構えた。現れたのは、この村の男女二人で、二人の方が、先客がいる事と、その先客が自分たちをジッと窺うように見つめている事に動揺したようだった。

 「あ、すみません。お邪魔してしまいまして・・・」村の男性が、バッツとファリスに向かって言った。女性の方も、男性の横に寄り添うようにして立っていて、二人に向かって頭を下げた。

 「いや、別に邪魔というわけじゃ・・・。満月の夜に、この井戸に願い事をすれば、その願いがかなうって聞いたんで、来てみただけで・・・」と、バッツは答えた。そうすると、村の男性はキョトンとした顔をして、バッツとファリスを見た。

 「いえ、確かに、満月の夜にこの井戸に願い事をすれば、願いがかなう、という言い伝えがこの村にはありますが・・・。何でも、というわけではなくて・・・なあ」村の男性が、傍らの女性の方を見た。女性も頷きながら言った。

 「ここに二人で来た男女が、自分たちの愛が永遠のものでありますように、と願うとそれがかなう、と言われているのですわ。きっと、旅の方みたいですから、間違ったお話を聞いてしまわれたんですね・・・。ですから、ここに来るのは、ほとんど、若い男女ばかりですよ。特に、結婚前に来る人が多いですわ」

 「はあ?あのじーさん、そんな事言ってなかったぞ」ファリスがびっくりしたような声で言った。

 「多分、それは、武器屋のご隠居の事じゃないですか?あそこの夫婦は、いまだに、おしどり夫婦とか言われてますからねえ。ちゃんと、説明してあげればいいのに・・・」村の男性が、困ったような顔をして言った。村の人間として、旅人に不快な思いをさせてしまったかもしれない事を、悪かったと思っているらしい。

 「まあ、いいよ。ここでこいつと永遠の愛でも誓って帰るから。な、ファリス?」バッツは、村の男女の気持ちも汲んで、笑って言った。

 「何で、オレが、お前との愛をわざわざお願いしなきゃならないんだよっ。全く、時間の無駄だったなあ、もう」ファリスは怒っていたが、せっかくこんな所にまで、夜中に来たのが無駄足になるのが嫌だったのか、気まぐれなのか、ほんの少しの間ではあるけれども、井戸に向かって、無言で手を合わせ、何事か祈るような仕草をした。

 「ファリス?俺との愛を願ってくれてるのか?」バッツは驚いて聞いた。

 「本当は、何か嫌な予感がするから、<願いのかなう井戸>とやらに来たってのに、嫌な予感ってのはこの事だったんだな。もう帰るぞ、バッツ!」ファリスは、怒りからか、恥ずかしさからか、少し頬を赤く染めて、スタスタと宿の方へ向かって行った。

 「わ、おい、ちょっと待ってくれよ、ファリス!」と言いながらも、バッツは、井戸の前に一瞬、立ち止まり、<願いのかなう井戸>に向かって祈った。ずっと前からの、だけど、ここで願ってもいいのか、さっき迷った願い事・・・。

 (ファリスへの想いをはっきり伝えられる日が来ますように・・・)バッツはそれだけ願うと、さっさと歩いていく、ファリスの後を急いで追いかけた。

 「待ってくれよっ。ファリス。そもそも、お前が俺をここに連れてきたんだろ?」

 「うるさいっ。帰るったら、もう帰るんだからな」ファリスは早足で歩いていく。バッツは小走りで、ファリスに追いつくと、その手を繋いで引きとめた。それで、ようやくファリスもバッツをおいて、早足で歩くのをやめた。そして、手は繋がれたまま、二人は並んで宿に帰っていったのであった。

 「あの二人は、きっとうまくいくわね。やっぱり、この井戸の伝説って本当なのよ。私たちもお願いして帰りましょう」村の女性が、バッツとファリスの姿を見て、そう言った。村の男性も、微笑みながらうなずいた。

 満月の夜のムーアの井戸では、もうずっと昔から、このような光景が見られてきた。ファリスとバッツの例は非常にめずらしいとはいえ、後には、幸せになった男女の一組として、<願いのかなう井戸>の伝説に加えられるのかもしれない。しかし、その前に、ファリスの感じた、「嫌な予感」・・・大切な仲間、ガラフとの別れをバッツとファリスは、ムーアの大森林で経験しなければならないのである。

                         −FIN−

うー。今までで、一番バツファリ色の低ーい「バツファリ小説」(と言っていいのか?)ですね。もう少し、甘系にすればよかったかも。でも、私の書く話は、いつも甘系らしいので、今回は勘弁してやって下さい。(自分勝手過ぎ・・・)タイトルの「Wishing Well」は、ディズニーアニメの「白雪姫」に出てくる「Wishing Well」(望みのかなう井戸。そのままだ・・・)から取りました。学校の英語の授業でやったので、これには、結構、嫌な思い出があぁ〜(以下略)






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