蒼き灯火


ある晴れた日の昼頃。
次の闘いに備えての準備のために買い出しが行われていた。
と、いっても。他にもするべきことが沢山あり、結局じゃんけんで負けたファリスが買い出しをすることになった。

「あーあ…ったく…なんでよりによって「じゃんけん」なんだ?…割りにあわねーぜ…」
ぶつくさと文句を言いながら必要なものを書いたメモに目を向ける。

「…あとは…道具屋に行って…それから食料だな」

メモはどうやらバッツとレナの書いたものらしく、レナの筆跡は美しく読みやすいのだが
バッツのそれは、良く言って「男っぽい」だろうか。いづれにせよ乱雑で読みにくい。

「あぁ?…これなんて読むんだ??…はぁ、ガラフに清書でもさせろってんだ」

今はいないバッツに悪態をつきながら道の真中で立ち止まり、メモを凝視する。
その時。

「っと、ごめんよー」

どん。とファリスの背中にぶつかった子供が謝りながら走り去って行った。

「……は?……元気な子供だな…」

ふっと笑いながら背中に手をやる。
…違和感。

「…俺の…財布。ていうか共同財布が!!!!」

子供の走り去った方向に目を向けるとすでに子供は姿を消している。
「……なんてすばやいんだ…」

後ろ姿しか覚えていないが、黒髪のやや、細い感じの少年だった。

「……どうしよう。…皆になんていえば…」

とにかく、いずればれることだから素直に謝ろう。
そう、ファリスは思い、重い足で宿へと帰っていった。



「…ただいま」

宿のドアを軽く開けると、そこにはバッツが椅子に座ってお茶を飲んでいた。

「おかえり」

軽くファリスを一瞥して、また目をお茶へと戻す…が、なにか違和感を感じたのかまたファリスへと視線を戻す。

「…荷物が少なくないか?他にも頼んだと思うが…」

「うん。……レナとガラフは?」

「飛空挺の調整してるよ」とお茶をすすりながらバッツが答える。

「…あのさ…先に言ってしまうけど……財布がさ…共同財布。…スられたよ」

言った瞬間バッツがお茶を吹く。

「…スられたぁ!?」

手をぱんっと合わせて目をつむり、謝る姿勢をとるファリス。

「すまんっ!俺の不注意なんだ…」

どうやら誠意は伝わったらしく、意外にもバッツの表情はファリスを責めてはいなかった。
ファリスの肩に手をおいて、にっこりと笑って言う。

「ま、しょうがないさ。アレが全財産ってわけでもないし、スられたものはなかったものとして思えばいいしな」

ファリスが顔を上げると優しい目をしたバッツがいた。
申し訳なさすぎて、ファリスはまた視線を下へ向かせる。

「…ごめん。俺…もう一度…探してくるっ」

バッツの制止の声も聞かずに宿を飛び出し、そのまま街の真中へと走ってゆく。

「…おい…」

残されたバッツはファリスの肩に手をおいたままの姿勢で固まっていた。
責任感の強いファリスは自分の非を他人以上に責めるところがある。
それをバッツはよく知っていた。

小さな街といっても路地は多く、また街の外に逃げられていたらそれこそ探し出すのは不可能だ。

「…まぁ…夜になったら諦めて帰ってくるだろ」

と、一人呟いてバッツは飲みかけのお茶を片付けて自分の剣の点検を始めた。




ところが。
「見つけたぞーーっ!!!」

ファリスはくまなく街のあらゆるところを探し、そして見覚えのある少年を見つけたのだ。
びくっと身体を震わせて少年がファリスのほうを向く。
そして「やべぇ」と小さく言ってからすたこらと逃げ出した。

しかし、ファリスのほうは走る準備も終えている。モンスターから逃げる時くらい必死で少年を追いかけたら少年を捕まえることなど造作もないことだった。

「捕まえたぞ…こら、財布かえせよ」

「離せよっこのおっさん!」

「……おっさんとはなんだおっさんとは!!!」

ファリスは女性である、が、外見は美形の男性と見間違えられることが多い。
男装をしているのだから当たり前なのだが、それにしても「おっさん」と言われたことがなかった。

「フン!おれより年上の男はおっさんなんだよーっ」

妙な理屈をこねながらファリスの手から逃れ様と必死に身を動かす。

「…あぁ、とにかく財布返せよ。アレは俺だけの金じゃないんだ」

どうやら財布を返さないことには手を離してくれないだろうと悟ったらしく、しぶしぶながら
少年はファリスの見覚えのある財布を取り出した。

「…へっ、取られるスキが有る方が馬鹿なんだよ」

憎まれ口つきで財布をファリスへと返す。

「それについては何もいえないな。まさかスられるとは思わなかったから」

財布の中身を確かめながら自分の不注意を認める。
それに少年は意外さを覚えたようだった。

「ふーん…な、おっさん。あんた旅してるのかい?」

おっさん。という言葉に多少怒りを覚えながらも「まぁな」とファリスは答えた。

「じゃあさぁ…あっちの方角に森があるの知ってるだろ?あそこなぁ…実は薬草の宝庫で
煎じればどんな病気も…ってわけにはいかねーけど、大抵の病気なら治せるような薬草もあるんだってよ」

「へーぇ、そうなのかぁ…」

宝庫っていうくらいだから結構な量があるのだろう。2束くらい取ってみようかな、と思いながらファリスが
返事を言うとふと、疑問が涌き出てきた。

「…宝庫って、この街の近くにそんな森があるのなら、何故そういう店がないんだ?…薬草を取り扱った店は
見当たらなかったが…」

そう言うと少年の顔がみるみる曇る。

「…うん、実は…モンスターの巣にもなっていて、すごく危険な場所なんだ…普通の人は絶対入れないよ…だいたいお金持ちが人を雇って薬草を取りに行かせてるけど、その薬草はここより大きな街に行ってしまうし、もし、この街にあったとしてもすごく高いんだ…」

よくあるパターンである。
金持ちは病気を治せるが貧乏な人にはそうならない。よくある光景だ。
しかし…やるせない。
ファリスが眉間に皺を寄せながら、不機嫌そうに言葉を言う。

「…お前にはその薬草が必要なのか?」

「…いずれはいるかもね…おれの姉貴が身体弱いから…いつ病気になってもおかしくないし」

だからスリなどに走るのか…とファリスが聞こうとしたがやめた。
自分も昔は海賊であったし、そんな疑問は言わなくてもわかるからだ。

世の中は綺麗なだけでは生きていけない世界もある。
そのことをファリスはよく知っていた。
そして、そういう世界で生きるモノたちは他人の情けや同情をとても拒むところがある。
しかしファリスはそれでも少年のために動いてやろうと思った。

「うん、そうだな…もし…良かったら俺達が…あ、仲間が他にいるんだけどな…俺達が薬草取りに行ってやるよ」

思ったとおり少年がきっとファリスをにらみつけて言い放つ。

「情けなんかいらないよ。施しもいらない。自分の手でやってみせるさ」

「情けじゃないよ。これは…仕事だ。…料金はこれで」

少年の前に茶色い小さな袋をちらつかせる。

「……?…あぁーーっ!俺の財布!」

ファリスも「専門」ではないが、一時期ではシーフの技能をつんだこともある。
油断している人の物をスるのはそう難しいことではない。

「…お返しだよ。…どうだ?フフ…」

少年は呆けた顔でファリスを見つめていたがやがて小さく微笑して…そして笑い出した。

「あはは…わかったよ…じゃあその金で頼もうかな。…とは言っても今はいるものじゃないし、財布を返してくれたら、…あんたがこの街にいる間に薬草がいるようになったらちゃんと「依頼」してやるよ」

少年にもプライドがあるらしい。
それが心地よくそして気にいったファリスは「わかった」と言いながら財布を返してやった。

「じゃあ…な。頼むぜ!」

「オウ!4日くらいはここにいるから!」

もし、4日すぎた後で薬草がいるようになったら…それは仕方のないことなのだろう。
一時期的な約束ではあるが、この街にいる間は少年の依頼を聞いて薬草を取りにいくのも悪くない。

バッツやレナ、ガラフだって言えばきっとわかってくれる。

ファリスはそう思い、そしてこの場所を離れた。






「ただいま」

ファリスが帰ったのは夜になってすこしたった後だった。
あの後、返してもらった財布で残りの買い物を全て終わらせたのだ。

「ん、おかえり。…あのさ、レナが…」

「どうした?」

さっきの通りバッツが宿の椅子に座りながらファリスを迎え、すこし困ったような表情で言葉を繋いだ。

「どうやら…どっかで風邪もらってきたみたいでさ…寝こんでる」

「ええっ!?」

驚愕してレナのもとへ駆け付けようとしたところにバッツが制止の声を上げた。

「レナはガラフが見てる。…でだ。宿の主人が言っていたが…俺もその時はレナを見ていたからな…
少年がファリスを訪ねてきたらしいぞ」

「…え?」

目を丸くしてバッツを見つめる。
何故か…嫌な予感がした。

「…宿の主人がファリスがいないことを告げると…少年はそれならいいと言って、走っていったそうだ。…いやに急いで」

「……その少年の外見とか…聞いたのか?」

分かっている。
その少年がどんな外見か。
それでもわずかな希望を持ってバッツに問いかけた。

「黒髪で…細身な少年だそうだ」

聞いた瞬間ファリスはまた宿を飛び出した。

「おいっ!ファリス!?」

バッツの声も聞こえなかった。
ただ、ファリスの胸の高鳴りが止まない。
とても嫌な予感がするのだ。
姉が身体が弱いらしい。
いつ病気になってもおかしくない。

「なんで俺はその時気付かなかったんだ!!」

そんな姉を持っているなら、あの時すぐに薬草を取りに行けば良かったのだ。
いや、もしかすると姉はすでに病気にかかっているかもしれない。

悪化したのかもしれない。

ただ、少年があの時、姉が病気だと言わなかったのはなけなしのプライドのせいだ。
気が強いあの少年はファリスのような初対面な人間に心を開ききることができなかったのだ。
しかし、それでも少年はファリスを訪ねてくれた。

なのに。

「俺は…その時、いなかった…今は大丈夫だろうって思ったから…」

目の前には少年が言った森。

ファリスは剣を抜き、慎重に歩を進める。
暗く、じめじめとした雰囲気である。
ファリスは少年を呼ぼうとした。

「…俺…あの子の名前…知らないんだ…」

結局何も知らなかった。
少年の力になってやりたい、そう思ったのに、ファリスは少年の名前すら知らなかったのだ。

泣きそうになりながらも、泣くものかと心に押しつけてファリスは少年を探しつづけた。

がさり。

小さな音が聞こえて、ファリスはその音の方向へ目を向けた。

なにかがいる。
直感でそう思い、じりじりとその音の方向へ歩を進めた。

「…………」




「ファリス…」

それから、しばらくの間がたってから、後を追いかけて着たらしいバッツがファリスの背に向かって言った。
ファリスはどれくらいの間その姿勢のままだったのだろう。
そう思いながらファリスの肩へ手をかけ、ファリスの視線の方角を見る。

「………」

そこには。
血が地面についていた。
まだ新しい。

何故なら…
その上に小さな少年が横たわっているからだ。
身体が普通でない折れ方をしている。

即死。

強い力でもないと、ここまで折れないというくらいまで折られに少年のその姿は
凄惨なものだった。

「……バッツ…か」

「あぁ…」

ファリスの足元には何かがいた。
いや、もう動いてはいないが。
毛むくじゃらの熊のような化け物である。

多分、少年を殺したモンスターだろう。

「俺は…何も…できなかった。結局…俺の馬鹿な正義感が少し刺激されただけで、何も…できなかったんだ」

バッツは無言でファリスの言葉を聞いていた。

「俺…この子の名前も知らない…何も知らないんだ…馬鹿だよな。本当に…
何を救おうとしていたんだろう」

自虐的に笑いながらバッツのほうを向くファリスの目は赤かった。

「ファリス…」

バッツは静かにファリスを抱き寄せた。
ぎゅっ…と、ファリスが壊れそうなくらいに力をこめて抱きしめる。

「………う…っ」

ファリスからまた涙があふれてくる。
さっき沢山泣いたはずなのに、また涙が出てくるのだ。

「やだ…バッツ離せ…」

「何故?」

抱きしめながらファリスに問うと、彼女は目を伏せながら

「…バッツの前で…泣きたくない」

なけなしのプライド。
この少年と同じ、馬鹿な感情だ。

けれどファリスはバッツに自分の弱いところは見せたくはなかった。
自分と同じ、バッツと同じ立場にいたい。
これがファリスの一番に思うところだからだ。

しかし、バッツは更に力をこめて抱きしめる。

「や…っ!」

身よよじって離れようとするが、許されなかった。

「あのな、ファリス…泣きたい時に泣いておかないと、本当に泣きたい時になけなくなる。
それは…とてもつらいことだ。…わかるか?」

静かに言葉を聞く。
嫌になるくらいバッツの言葉がストレートにファリスの中へと入ってくる。

「…俺の前で…無理をしないでくれ」

限界だった。
こらえていた涙があふれてくる。

「…………」

静かに涙を流すファリスをバッツはずっと抱きしめ続けていた。

「薬草、とってかえろうな…調べればきっとわかる。この子が助けたかった人を助けてやろう」

冷静で優しい言葉にファリスは肯くしかなかった。
ファリス一人で行ったことを、何も言わず助けてくれるバッツが嬉しかった。

そして自分の中でバッツが大きな存在になっていることに気付く。
いや、すでに大きな存在だったのだろう。

ありがとう。

そして…すまない。

バッツに感謝と、少年に詫びの言葉を、それを何度も何度も心の中で繰り返しながらファリスは泣いていた。
それをわかっているとでもいいたげにバッツの瞳は優しかった。





レナに薬草を渡し、滋養を取っている間に、バッツとファリスと、事情を話してガラフと3人で少年の事を調べ、
そして調べがついた後に、少年の遺髪と薬草をもって少年の姉の所へ訪れた。

ファリスはつらくて、その場にいなかったのだがバッツの話によると、彼女は少し泣いた後に遺髪を握り締めて
きっと元気になる。弟の分も生きてみせるといったらしい。

強く、そして弱い人間だ。
それでも彼女は生きるのだろう。
そして幸せになってほしい。

願うしかなかった自分が歯痒かったが、ファリスもこの場所に居続けるわけにも行かず、静かに祈るだけだった。



新しい墓の前でファリスとバッツが立つ。
綺麗な風がそよそよと顔を撫でた。

ライド。

これが少年の名前。



「ファリス…行こう。俺たちにはやることが…あるだろ?」

「わかってる」

小さく答えるファリスの横顔を見ながらバッツが静かに言う。

「……優しいなファリスは」

「優しくなんかないよ…自分が悔しくてたまらないだけだ…」

「…優しいよ、俺は優しくないけど…」

バッツの方を意外そうに振りかえってから、うなるようにファリスが言う。

「なんだよそれはっ!バッツは…優しいよ…すごく」

すでにバッツは後ろ姿で歩を進めている。
それを走るようについて行きながら噛みつくように言うと

「本当にそう思ってる?」

「あぁ」

「絶対に?」

「あぁ」

「俺が優しいって?」

「あぁ」

「俺のこと好き?」

「あぁ」

………………。
はた。と立ち止まるファリス。
バッツは少し先へ進んでから意地悪そうにこちらに向く。

「あ…ちが…っ違う!訂正だ訂正っ」

「あーそう?じゃ、やっぱり俺は優しくないのね」

「違うその後だっ!!」

笑いながら宿へ向かうバッツを小走りで追いかけながらファリスは少年ライドのことを思った。

幸せに。

アナタは俺に似ていた。

ごめんな。

分かってあげれなくてごめんな。

助けてあげれなくてごめんな。





空は青かった。


完。







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